火山学者に聞いてみよう -トピック編-  

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「Q&A火山噴火」 に寄せられた意見集


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Jan. 2012.

The Volcanological Society
of Japan.

kazan-gakkai@kazan.or.jp

火山のできる場所と地球の大構造

深発地震面


Question #289
Q
 火山前線と火山分布および地下のマグマ溜に関してご教示ください。(1)火山の山体の地下にはマグマ溜が存在すると思われますが、日本列島を縦断するこの火山前線の地下にはどのような状態(形、大きさ、深さ等の形状)でマグマ溜が存在していると考えられているでしょうか。(2)火山前線は深さ120〜130kmの深発地震面にほぼ一致しているようですが、この辺りで初めてマグマが生成され、また、更に深くなるとマグマが精製されなくなると考えてよいでしょうか。(3)プレ−トがマントル中に持ち込む水の量とどのような状態で持ち込むのか。そして水が融点を下げるとのことですが、どのようなメカニズムで融点が下がるのでしょうか。 (4)マントルで生成されたマグマが上昇してきて、地下数kmのマグマ溜に溜まると聞きましたが、日本列島の地下のマグマ溜に流入してくるマグマは全て玄武岩質マグマなのでしょうか? それとも、マントル内ではなく地殻内部でマグマがつくられるのでしょうか。(1)から単純に推定するとマントル内でマグマが生成されている思われますが。 (10/9/99)

Jun:教員:51

A 回答に窮する難しい質問ですね。マグマ溜りの存在形態や火山前線の成因については 火山研究者の間でも議論となっている大きな問題です。より詳しく知りたい場合には 末尾に示す参考図書などをご参照下さい。これらの図書はふつうの図書館などにも よく置かれています。 (1)マグマ溜りの形態について
 現在、火山の下には複数のマグマ溜りがあると考えられています。一回の火山の 活動期に限っても、火山活動の推移や噴出物質の組成変化あるいは地殻変動の観測など から、幾つかのマグマ溜りの存在が示唆される場合があります。一つの火山が何回もの 噴火で作られる場合にはなおさら、深さも大きさも異なる幾つものマグマ溜りが関与 したと考えられています。地震波による物理探査では、火山体の地下数kmあたりに マグマ溜りであると思われる複数の独立した地震波反射面が見える場合や、地震波の 吸収が大きいことからマグマの存在を予想させる巨大な領域がより深部に発見されたり しています。マグマ溜り体積としては、噴火前のマグマの圧力による地殻変動などの データや、火山噴出物そのものの体積から、小さいものでは数立方キロメートル以下 から大きなものでは数千立方キロメートル以上まで、予想されているマグマ溜りの 大きさも様々です。
 マグマ溜りが形成される可能性のある場は、マグマの密度と周囲の物質の密度が 釣り合う場所、周囲の物質の変形速度が遅いのでマグマの上昇が阻害され結果的に マグマが滞留する場所、という2つが考えられます。マントルで生産された玄武岩質 マグマは周囲の固体マントル物質よりは軽いので上昇します。マントルと地殻の境界では、 マグマと周辺物質との密度差による浮力が低下することや周辺物質の流動しにくさのため、 一時的にマグマの滞留がおこることが予想されます。ここがマグマ溜りの最初の候補地です。 マグマ溜り形成の次の候補地は、玄武岩質マグマが周囲の固体物質と密度的に釣り合うこと ができる下部地殻から上部地殻の下部あたりです。ここに停滞したマグマは、周辺物質を 取り込んだり結晶分化をしたり、あるいはマグマ中にとけ込んでいた揮発性物質の発泡に よって密度が低下するので、さらにより地殻浅所の密度の釣り合う深度に向けて上昇し、 さらに別のマグマ溜りを形成すると考えられています。つまり深さの点では、地殻ー マントル境界から火山の地下数kmあたりまでの様々な深度にマグマ溜りは存在する 可能性がありうるわけです。マグマ溜りの形状については、周囲の物質の強度もおおいに 影響すると考えられます。周囲の物質が流動性をもった地殻下部では、マグマは周囲の 物質を押しのけてある程度まとまった空間を確保することが可能かもしれません。一方、 地殻の浅い部分ではマグマ溜りの周囲の物質は流動せずに割れるようになります。 このため、上昇するマグマは周囲の岩盤を割りながら移動するので、マグマ溜りの形状も、 1枚の板状やある空間に板状のものがたくさん集まったような形態になると思われます。 長い時間を経過して割れた周囲の岩盤を溶かしてしまえば、地殻の浅い部分でもある程度の 塊としてのマグマ溜りが存在できるでしょう。 (2)深発地震面とマグマ生産の関係
 プレートの年代が非常に若くて薄い(冷えていない)場合を除いて、火山前線に 対応するような120〜130kmの深発地震面あたりの温度は、プレート表面やそれに 接するマントル物質を溶融させるほど高温ではないと考えられています。普通の沈み込み帯の 場合には、プレートから放出された水がプレート表面よりかなり離れたマントル内の もっと高温の部分に到達した段階で初めて、マグマの生産が行われると考えられています。 深発地震面はプレートから水が放出される場に対応している可能性がありますが、 脱水過程と地震発生との関連は諸説があり必ずしも決定的ではありません。 (3)水のもちこまれかた、融点降下。
 水は海洋底堆積物の粒間に保持されたりあるいは含水鉱物の形で、プレートの沈み込みと ともにマントル内に持ち込まれます。このうち前者は沈み込みのかなり早い段階で圧密に よって大部分の放出が完了してしまうので、100kmを越えるような深度への水の持ち込みの ほとんどは含水鉱物が担っていると考えられています。含水鉱物はその組成・種類によって 固有の様々な温度圧力条件下で分解して水を放出します。最近の研究では、非常に冷たい プレートの場合には含水鉱物の一部が分解することなく地球深部まで水を運ぶ可能性も 示されています。また、水は必ずしもマントル内部を自由に移動できるわけではなく、 含水鉱物の分解で放出された水は、温度圧力環境によっては鉱物結晶の粒間に捕らわれたまま、 プレート運動とともにより深くへと沈み込んで行くというような状況も存在します。
 次に融点降下についてですが、一言でいえば「物質は一番安定な状態(自由エネルギー 最低の状態)をとろうとする」、ということが融点降下の原因です。高い圧力がかかる 地下深部の場合、エネルギー的安定に最も寄与するのは体積が縮小することです。 岩石が融解してマグマを作り、その中に水を溶解させたほうが、固体の岩石と水が別々に 存在するよりも全体としての体積が縮小するので、地球内部のある程度の深さまでは深度と ともに水と共存する岩石の融解開始温度は低下していきます。 (4)マグマの組成と由来
 温度、圧力、水の存在などによってマントル物質から生産されるマグマの組成は様々に 変化します。とはいっても、マントル物質から直接作ることができるのは玄武岩質マグマから 高Mg安山岩質マグマの範囲までで、日本列島のような島弧に噴出する、よりSiO2成分に 富むようなマグマを作ることはできません。マントルで生まれたマグマは地殻内部の マグマ溜りで、結晶分化したり周辺物質を取り込んだりしてマグマ自身が組成を変化させます。 また、周囲の地殻物質が低融点の場合には、周辺物質の融解で新たな別のマグマが生産されます。 こうしてできたマグマが、さらに上昇して火山体の地下数キロあたりの最終的なマグマ溜りに 貯えられて噴火に到るのです。したがって、マグマの成因をたどっていくとマントルにまで 行き着きますが、火山直下の浅部マグマ溜りを作っているマグマそのものの組成や由来は 様々です。

参考図書 「火山とプレートテクトニクス」     中村一明 著        東京大学出版会 「岩波講座地球惑星科学8 地殻の形成」 平朝彦他 著        岩波書店 「火山とマグマ」            兼岡一郎・井田喜明 編   東京大学出版会 (10/18/99)

安田 敦(東京大学・地震研究所)